昨日は「世界と恋するおしごと」という本を読んだ。国際社会への貢献に興味があって、いまから進路を決めていくような世代に向けて書かれた本だ。様々な職から国際貢献のために働く日本人のインタビューを通して、いろんな分野からできることがあるんだよ、と易しく書かれている。 個人的には、回り道をしてその職に行き着いた人が多く、なんというか、人生談として安心感をもらえる内容だった。国際協力や開発分野には少なからずの興味を持っている。それゆえ英国大学院にまで進んだ。しかし同級生のように履歴書に穴を開けず次々と機関を渡り歩いてゆく決意も自信もない。ここでは人類学の方法論を学んでいる。間違いなく人類学の思索の枠組みは人生を通じて役に立つと確信しているが、しかしそれをどう役に立てるかのこだわりや人生に置ける決定的な出会いが私にはない。いや、むしろ選択肢が多すぎて逡巡している。写真は私にとって大事な他者とのコミュニケーション手段だ。それと同時に自分との対話の手段でもある。国際開発を志すものにとってこのツールはかなりイレギュラーであろう。本には指針はなかった。ただ、少し自分の回り道を肯定された気がしただけだが、それはじんわり心に効いている。 最近は自分で事業 (と大声では言えないくらいには、ちまちまとしている) をするのが楽しくて、だからこそ民間企業のできる事についての言及を特に興味深く読んだ。人間の行動を根本から変えるのは、法などの縛りではなく自発的な消費行動だと思う。 そして、この本を大学時代または高校時代に読んでいたら、私の進路は変わっていたのだろうか、とふと想像を巡らせた。 私は、進路を偏差値と得意分野と塾の指導で適当に決めたので、専攻のクラスで馴染めず、学問も身に入らず、なかなかにふてぶてしい学生だった。誰も幸せにならないので暗黒の大学時代初期についてはこれ以上は言わない。しかし、誰かの役にたつならば、いつか自分の狭かった視野とそこから抜け出した所にあった生きやすい世界についてしっかり書いてみたい。 進路選択について思い返すと、そもそも第一希望の大学について真剣にしらべなかった。大学の理念・校風・シラバス・単位・就職先・留学提携先・図書数やデータベース数・教授陣について調べるべきだったなんて、思いもよらなかった。今思うと阿呆極まりない。そして、私が大学に入って、取得単位を初めて数えたのは3年生の頃(しかも手引きをなくしていたので同級生に数えてもらった)だったから、必修の単位を取り終えたのが4年生の最後だった。 まだ間に合う人がこれを読む機会があるならば、きちんと単位取得の計画を立てながら授業を選択し、いますぐ社会人になってからの進路について真剣に考え始め、少しでも興味のある分野の情報を集め、人に連絡をとって会っておいてほしい。そして大学院なぞ目指す可能性が塵ほどでもあるのなら進路相談にのってくれ、推薦状を書いてくれる大学の指導教員始め教授の方々とは絶対に仲良くしておいてほしい。単位は、最小限+自分の体力の持つ範囲を素晴らしい成績で取り終えたほうがあとあと使い勝手がいい。大量の単位を合格すれすれで取っていたら、後で平均値を晒されて泣くことになる。気になる授業は聴講するだけでも素晴らしい経験になる。 こうやって思い返すと、「あのときああしておけば」と思うことばかりだ。 大人がいろいろ後悔してるのを聞いて育ったので、自分は後悔すまいとおもって勉強してきたはずなのに、気づけば通った跡には「ああしておけばよかった」ばかりである。 『20歳の時に知っておきたかったこと』という本が私が21歳の頃に出たが、私はこれを16歳くらいで読みたかった。まったく自分の頭を使わずに生きてきた子供だったから。直面した課題に自分の頭を使って取り組むようになったのは、本当に課題に直面するようになった後だったので、ちょっとでも予備知識があったならもう少し心の余裕をもってうまくやれたんじゃないかと思ってしまう。 それで、肝心のこの本を大学時代または高校時代に読んでいたら、私の進路は変わっていたのだろうか、ということについて話すと、答えは、「多分誤差程度には変わったんじゃない」である。題名のキャッチーさは学生時代の私も手に取りそうであるから、読みはするだろうがおそらく読んでも今の自分に対してほど響かなかっただろう 。大学に入って、いきなり前が見えなくなってもがいた結果としてはみ出したのが外国だった。そして、一人で40カ国以上流浪してきて色んな人生や思想や生活を見てきたからこそ、そちらに興味が向いたのだから。 結果としてSteve Jobsの言ったことは私においても正しいのだ。人生は点と点との結びつきの集合で、どんな点同士が結びつくのかは後から振り返ってみなければわからない。 いろいろ細かく「ああしておけばよかった」と思うことはあるが、俯瞰的に見て私の人生はいま現在そこそこ面白い。好い人ばかり傍にいる。だから色々ヘマして恥は感じこそすれ、これまで辿ってきた道すじに後悔はない。 そう思える程度までに幸せな生活を送っている。
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パウロ・コエーリョ「アルケミスト―夢を旅した少年」は私にとって特別な一冊だ。物語は知っていたものの、尊敬する人に本をいただいて全編を通して読んでから、物語のもつ深い示唆に気づき何度も読み返す本となった。普段私は同じ本を読み返すことは滅多にないが、この本は、何度読んでもまた新しい感銘を与えてくれる。 そんな内的経験をしたから、ボロボロになったこの一冊を本当に大切に思っているし、表紙を見るだけで本をもらってからの経緯を思い起こすほどだ。
ストーリーは、スペインの羊飼いサンチャゴの冒険譚だ。好奇心が旺盛で本を読むのが好きな少年サンチャゴは、他人に不相応だと言われようとも、様々な所に旅ができる羊飼いという仕事を気に入っている。ある日サンチャゴは夢をみて、そのお告げを信じ、羊を手放してエジプトのピラミッドまで宝を探す旅にでる… 世界中で読み継がれるものがたりには、人生を支える普遍的なメッセージがある。子供でも読めるように平易な文章で書かれた小説ながらも、その内容は普段は忘れがちな、しかし大切な人生の教訓を思い出させてくれる。出会いがあれば別れがあり、失うものがあれば得るものがある。偶然出会う人を信じてみる。すでにあるものを工夫して苦難を乗り越える。 人生というのはそういう旅の繰り返しだ。 2017年後半から10ヶ月イギリスの大学院修士過程で人類学を勉強していた。勉学の内容については今後細かく書いていくことにして、ここでは大まかに生活を振り返ってみたい。
とにかく一番辛かったのは前学期終わりの1月ごろ。寒い、暗い、雨が多い、生活に慣れない。レポートが思うように仕上がらない。周りの学生がみんな余裕でできているように見えることが、できない。学部時代に留学しておくべきだったのかもしれない。そういう選択肢が自分にあれば、と何度悔やんだことか。ちなみに夏が近づくにつれて精神状態は回復に向かった。南部イギリスの夏は美しい。芝生の上で寝転がって読書をするのがとても心地よかった 。そうしていると、一度カモメにフンを落とされた。 色々勉強会やイベントや飲み会に誘われることも多かったけれど、あまり参加できなかった。プログラムの課題すら満足にこなせない状況で、やりたいと思っていたことは本当に消化不良だ。色々な人の留学ブログをなんの気無しにこれまで読んできていたけれど、ずっとブログを書き続けながら就活もして、課題もしっかり仕上げて異国で生活している人たちってほんとうにすごい。どういう精神構造しているんだろうか。もしくはそこまで鉄人でなければ大学院留学なんてするべきではなかったのだろうか。 人類学は自分にとても合っていた。社会構造への丁寧な視点、通念化されている規範への懐疑的姿勢、言葉をつくして目に見えない概念をあらゆる角度から描き出そうという試み。これまでなんだか「モヤモヤする」と感じていたことが、人類学の知見を借りると少なからず言語化できる。第二言語で新しい学問を始めるのは本当にきつかったけれど、とりあえずこの一年は最初の大きな障壁で、これを越えてからいよいよ、探索の道のりは長く細く続いていくんだろうと思う、アウトプットがどう言う形になるんであれ。とにかく写真には意識的に反映させていきたい。 大学院という場で、「研究が本当に好きな人種というのが存在するのだ、研究者とはこういう人たちのことを言うのか」と目の当たりにした。そして自分は違うな、とよくわかった。10代までは「お勉強ができる人間」だったかもしれないけれど、でもそれは解答のない事象について考え続ける思考体力があることとイコールではない。自分には何ができるんだろう。まだまだ答えは出ない。 大学でのイベントごととしては: -イギリス全土の大学で教員ストライキが起き、案の定巻き込まれる。海外からの学生二倍学費払ったのだから、本気でお金を返して欲しい。 -インドのお祭りホーリーが構内で開催され、楽しそうに色粉を投げ合う人々を、横から眺めた。 -シリア人学生のチャリティディナーに参加する。インド人とパキスタン人が仲睦まじく戯れあっていて、イギリスらしさを感じた。 -民族誌的映像のワークショップに参加して初めて映像作品をつくった。映像は画像、画角、色などの写真に必要な技術以外の要素も多くてむずかしい。 -その他週ごとのセミナーやゲストを呼んでのレクチャーの数々をのぞく。そのうちいくつかは修論にも役立ったので、少しでも興味があるものはとりあえずのぞいてみていてよかった。 -大学で行われる毎月のデッサン会に通う。驚くべきことにちゃんとしたヌードデッサンで、モデルは学生。参加費2.5ポンド (400円)。ちなみにこの大学には芸術学部はないにもかかわらず、毎月多数の参加があった。ヨーロッパだから成立している現象だと思う。このデッサン会が私の癒しだった。 大学外のイベントごととしては: -メキシコを舞台にした映画Coco(リメンバーミー)をメキシコ人とコロンビア人と見に行く。ラテンアメリカっぽいネタが出てくるたびに彼らは大笑いし、周りの観客と私たち日本人はポカーンとしていた。 -ロンドンの美術館を回る。ロンドンの美術館では金曜日の夜にアーティストトークやピアノ演奏の中での絵画スケッチ会が行われていて素晴らしい。 -切り詰めた生活のおかげでウエストエンドのミュージカルを数回観に行くことができた。手が届く値段で世界に轟く名声をはなつミュージカルを観ることができてなんと幸運なのだろう。 喉元過ぎれば熱さ忘れるというが、しかしあの冬の苦悩は思い出すだけでもう二度と経験したくないと思う。もちろん学んだことは多い。 例えるならば、滝行のような1年弱だった。 |
Hrk writes. 両極端の、どちらも自分 Archives
November 2021
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