言語も習慣も様々な部族が今でも多く存在しているエチオピア南部。主に牛を飼って生計を立てているムルシ族という人々がいる。身体に大胆な模様を描くこと、独特の装飾品、そして女性が下唇の内側に穴を開けて素焼きのプレートをはめている、ということで有名だ。ムルシ族では、大きな皿をつけていればいるほど美しい女性とされている。 その独特の美意識に多くの写真家も引き付けられ、"mursi tribe photography"と調べるとフォトジェニックな彼らの顔がブラウザ上にずらりと並ぶ。 そんなダイナミックな写真に魅了されこの民族を訪れることにしたのに、私は実際彼らを目の前にして写真をほとんど撮れなかった。 ムルシ族の居住地に行くためにアルバミンチという街で現地ガイドを雇い、集落を訪れる。ムルシ族はムルシ語を話すため、エチオピアの首都で主に用いられる公用語アムハラ語も通じない人が多い。他にも集落に行く客がいたため、まとめて一人のガイドが引率してくれることになった。 実際ムルシ族の集落についてみると、人々が車に気付き、どんどん外に出てくる。食事の準備をしていた女性たちもその手を止めてこちらに向かってくる。 ガイドに説明されるまでもなく、ムルシ族の面々は私の目の前に立ってはカメラを指差し、自分を指差し、「フォト、ファイブ・ブル」と言った。自分の写真を撮れ、そして5ブル(約20円)を支払え。そういうことだ。 想像していなかった状況に圧倒されたと同時に「金ヅルが来た、そう思われているんだろうな」と考えてしまった。外国人だ、金を持ってる、稼ぐチャンスだ、と。 ガイドがいないと言葉も交わせない無力感、しかも「観光客は自分たちの写真を撮りに来るもの」だと向こうは割り切っている。自分からいい被写体になり、シャッターを切らせるべく私たち外国人の視線の先を動き回り、体の装飾を見せつけるムルシ族。屈強な身体をした若い男たち、老婆、子連れの母親たち、そして子供達。放牧に行っているであろう男性たち以外が、総出で現金収入を獲得しに来ていた。 もちろん謝礼は支払わなくてはいけない気持ちで来た。写真も撮りたくて来た。でも実際目の前にあった状況に、うまく馴染んで楽しむことができなかった。 私は寂しかった。名前を尋ねたかったし、自己紹介もしたかったし、どんな生活なのか話したり、やってくる外国人をどう思っているのか聞いてみたかった。 ムルシの言葉が解ったらよかったのに。せめてアムハラ語を少しでも解ればよかったのに。即興で何かパフォーマンスができる能力があったらよかったのに。 次々と「フォト、ファイブ・ブル」の押し売りがやってくるから、最初はそれに応じて数枚写真を撮った。言葉が通じないなかで敬意と好感を示したくて、おずおずと5ブル札を両手で渡してヘラヘラと笑顔を作った。でも5ブル札をもぎ取った女性は、抱えている赤ん坊の分も5ブル払うようにガイドに要求し、それを断られると、背景を変えてもう一度撮れと催促してくるばかりだった。私の持っている文化的コードはムルシ族には伝わらなかった。そして被写体の彼らは、通じ合うことをそもそも求めていない。 資本主義の行き届いた先進国からきた、何も知らない観光客がエキゾチックな民族を美化した態度でしかないかもしれない。ムルシ族からしたら、金銭授受のあるモデル業は観光客との対等なビジネス関係だろう。お金を落とさない外国人なんて来て欲しくないはずだ。私が彼らの生き方や考え方や習慣を知りたいと思ったところで、それはよそ者の好奇心でしかない。彼らの生活に直接的なメリットになるのは、写真を撮らせお金を受け取る行為。アムハラ語を少しだけ話す青年は、ガイドにこう言っていたそうだ。「仕事?フォトだよ」と。 5ブル札をどんどん握らせ、どんどん写真を撮っている白人男性も隣にいた。 ガイドもそれを期待しているようだった。「なんだ、君は写真をとらないの?」そう聞かれた。今までインターネット上や写真集で見てきた写真も、こうやって5ブル札を介して続々と作られたものだったのだろうか。しかしエチオピアの辺境でしかみられないエキゾチックな風景を写真に撮って、それを投稿したSNSを沸かせられる。一枚5ブルは安いではないか。お互いにwin-winだ。 自分が観光客の立場に甘んじるしかないことは理解していた。ガイドを雇って、たった1時間かそこらの訪問をしているだけの見た目も言葉も違う外国人。私たち外国人にとってここでしか見られないだろう風景と人々。そして写真撮影は、ムルシ族にとって貴重な現金収入を得る機会。なのに、自分の経験とモデルになるムルシの人々を両方消費している気になって、やっぱり気持ちを切り替えることができなかった。 もう3、4年も前のことになるが、今でもあの時どうするのが自分にとっての正解だったんだろうか、と時折思い出す。
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Hrk writes. 両極端の、どちらも自分 Archives
November 2021
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